何かが間違っている、
生きていてしんどい時、
それは何かが間違っている証拠だ。
ストレスを感じて胃が痛くなったり、痒くなったり、
逃げたくなったり、緊張して体が動かなくなったり。
これらを無くしたいと思っている人は多い、
でも、これらの反応は全て、体からのメッセージだ。
何か違う、何かが間違っていると言う、メッセージだ。
これがないと、人間は潰れるまで突っ走ってしまう、
そうして、自殺をしてしまったりするのだ。
あなたもそうなりたいのか?
いや、ダメだ、あなたは生きるべき人間だ。
だから体からのメッセージを聞こう。
そしてそれらが伝えたいことは、何かが正常ではないと言うことだ。
いや、これは決してあなたが間違っていると言いたいわけではない。
間違った行動を正しく行なってしまっていることが問題なのだ。
そうなると、その間違った行動を止めれば良いだけね!楽勝じゃんてなりそうだけど、
そうじゃない。
必要なのは、なぜ自分はその間違った行動を正しいと思ってやってきたのか。
それを考えずに、ただその行動を止めるだけだと、結局似たような行動に変わるだけで
結局その間違った行動を続けてしまう。
だから、なぜ自分がそれをしてしまうのかを、考える。
子供時代にされたこと、そして大抵は親のせいだろう。
そして、それらの行動を始めたのは、きっと理不尽なきっかけがあったことだろう。
「神様」のような絶対者の親が、なんの理由もなしに、理不尽なことをするわけがない、きっと理由があって、僕、私にこんな命令をするんだ。
「あ、わかった、僕、私が悪い子だからだ。」なんて言う思考をしていたのではないだろうか。」
これも別に悪くない、子供ながらに理不尽さに対抗するための手段だ。
でも、大人になった今、冷静になって考えてみて欲しい、
それらは正しいのだろうか?
親を疑うことに、何か抵抗を感じる人もいるかもしれない。
でも、親が偉くて賢いのなら、それを疑ったとしても、それになんら間違いなんてなくて、なにもダメなことなんてないはずでしょう?
だからきっとそう言う風に感じる人は、心の奥では親が間違っていることを知っているのだと思う。そしてだからこそ、その思いを封じるために、親は間違っていないと言うことにしたいのだと思う。
気持ちはわかる、親の間違いを指摘するのは、まるで神殺しと同じだ。
でも、それでも、やってみる価値はある。